モロッコを旅行中のアメリカ人・リチャード(ブラッド・ピット)の妻が、突然、銃弾に倒れた。
その銃弾は、羊飼いの少年が撃ったもので、少年の家族が、
ジャッカルから羊をまもるために手に入れた銃から放たれたものだった。
その銃は、もともとは、日本の会社員ヤスジロー(役所広司)が、
ハンティングのガイドをしてくれたモロッコ人にお礼としてあげたものだった。
一方、留守をあずかるリチャードの子どもたちの乳母は、メキシコからの移民。
息子の結婚式に出たいが、子守りを代わってくれる人が見つからず、
やむなく子どもたちを連れて16年ぶりにメキシコに帰ったが、
そこでも新たな悲劇が待っていた・・・。

以前雑誌の見出しで、この映画を
「中身ぐちゃぐちゃの無国籍映画」と評しているのを
見かけたことがありましたが、
いえいえ、明確なテーマを感じるたいへん良い映画でした。
自分の考えが伝えられない、自分の思いが通じないというディスコミュニケーション。
3大陸4言語で、繰り広げられるコミュニケーション不成立の状況。
この映画は、コミュニケーションがうまくいかないのを、
外国人だから、言葉が通じないから、障害があるから、
世代が違うからなんだと見せておいて、
実は、そんなことは関係ないんだよ、
もっと人間の根本的な心の問題なんだよと、言っているように私は思いました。
なぜなら、たとえば映画の中のブラビ夫妻は、
同じ言語を話すけど、事故に合うまでの関係はうまくいっていませんでしたし、
事故のときも旅行者同士は助けてくれませんでした。
国や言語、障害や世代のギャップが、人と人を隔てているのではなく、
人のこころの中にあるもっと醜いものが、隔たりを生んでいるのだということではないでしょうか?
そして、もうひとつ、経済の繁栄している国(アメリカと日本)とそうでない国(モロッコとメキシコ)の問題です。
監督がインタビューの中でこんなことを言っています。
「モノが幸せを呼ぶと思ってしまう心こそが、人を空虚にさせているんだ」
モノにあふれた日本に生きてる私の心にしみいる言葉です。
そんなわけで、「
バベル」・・・この映画のアンチエイジング度は、5歳若返りです♪